野球におけるキャッチャー(捕手)は「扇の要」と言われ、守備においてとても重要なポジションです。
そして、自身のことだけでなくチーム全体のことを考えねばならない立場から「グラウンド上の監督」と言われることもあり、その役割は多岐にわたります。
この記事では、そんなキャッチャー(捕手)の役割と必要な能力について解説しつつ、経験者の立場から体験談も書きたいと思います。
キャッチャーの役割
キャッチャーの役割はピッチャーを支えつつ、守備陣の司令塔となって野手に指示を出すことです。
少しでも打者をアウトにする確率を高める目的で打者の苦手な球種やコース、または打者の意図を外す配球を組み立ててピッチャーにサインを送ります。
ピッチャーの投球を捕球することもキャッチャーの重要な役割であり、確実に捕球することは当然のこと、キャッチャーミットの芯で捕ることにより良い音を鳴らし、気分良くピッチャーに投球させることができます。
また、キャッチャーは試合だけでなく練習でもピッチャーと過ごす時間が多いので、アドバイスをしたり相談にのることもピッチャーを支えることと言えるでしょう。
キャッチャーは守備陣の中で唯一ピッチャーに対して正対し、全体を見渡すことのできる選手です。
それゆえ、投球前の守備フォーメーションを決定・指示する役割を担うとともに、打球が飛んだ場合は野手に対し送球する塁の指示やカットマンに対してカット・ノーカットの指示を出します。
当然キャッチャーも守備陣の一人ですので、フィールディングや送球もこなします。
キャッチャーに必要な能力
ここではキャッチャーの役割別に必要な能力を説明します。
配球
キャッチャーは打者を抑えるための配球を考え決めなくてはいけません。そのためには明確な根拠を持つことが大切です。
これが出来ないキャッチャーは成長を望むべくも無く、能力以前の話となります。
『明確な根拠』と言うと難しく感じるかもしれませんが、基本的には3つの要素を考慮して目的に沿った配球を考えれば良いのです。
配球の3要素
- ピッチャー優先
- 相手打者優先
- 状況優先
『ピッチャー優先』とは、ピッチャーの能力を十分引き出すことを優先した配球のことです。
相手打者のデータ(弱点や特徴)が圧倒的に不足しているアマチュア野球では、最も多用される配球の決め方となります。
『相手打者優先』とは、相手打者の苦手な球種・コースを積極的に攻める配球のことです。
アマチュア野球でも、名が知れたスラッガー相手だと自然とこの配球になることが多いです。
『状況優先』とは、試合展開や状況によって決める配球のことです。
同じピッチャー・同じ打者でも初回のピンチと1点を争う終盤のピンチでは許される結果が変わります。試合終盤では外野フライすら許されないこともあり、そのような場合は無理にでも三振を狙う配球が求められることもあります。
参考記事
キャッチャーはこれら3つの要素を自チーム・相手チームの戦力と照らし合わせながら、試合展開に合わせて配球を決めなくてはいけません。
そのためには観察と分析を欠かさず行う勤勉さと、体験したことを忘れない記憶力が要求されます。
リード
キャッチャーを語る上で『リード=配球』と考えている人が多いのですが、厳密に言えば違います。
簡単に言えば、リードの中に「配球」という項目があるのです。
ピッチャーは感情を持っている人間ですので、キャッチャーはその揺れ動くメンタルをフォローしながらピッチャーをコントロール(リード)する必要があります。
配球の組み立てだけでピッチャーをリードしようとしても、なかなか上手くいくものではありません。
例えば、ピッチャーのテンポについて。
多かれ少なかれピッチャーはピンチになると「早くピンチを脱出したい」という気持ちが強くなり、冷静さを失って投げ急ぐようになります。
このような投げ急ぎは失投を招く原因になりやすいのですが、キャッチャーが注意を促しても冷静さを取り戻すことができないピッチャーは多いです。
そんなときは、一旦落ち着かせる意味で牽制球を多く挟んだり、わざとサインを出すタイミングを遅らせてピッチャーのテンポを意図的にずらしてあげることが効果的です。
またノーアウト満塁の大ピンチの場面で、相手打者から得意球のスライダーで三振を奪い、何とか1アウトを取ったとします。
次の打者の初球に前の打者から三振を奪ったスライダーでストライクを取ると、徐々にピッチャーがその気になってくることがあります。
実はこれ、ピッチャーだけでなく周囲も同じで、ベンチにいる選手や観客も巻き込んで異様な雰囲気になることがあるんですよ。
それらがさらにピッチャーに勢いを与え、2球目・3球目と同じボールを続けていくうちに、覚醒しているかのような変化を見せます。そうすると、ピッチャーの腕がさらに振れるとともにボールにキレが生まれてくるのです。
こんなときは先程とは逆にテンポを落とさないよう、いやむしろテンポを上げるように捕球→返球をわざと早めることが効果的です。
これらはほんの一例ですが、ピッチャーの性格や技量に合わせて適切なタイミングで声をかけたり接したりすることで、ピッチャーのパフォーマンスをより引き出すことがリードであり、配球を考え決定することだけがリードではないのです。
ひとこと
先程「ピッチャーに勢いが出てくると覚醒しているかのようにボールがキレてくる」と書きましたが、これは別角度からも説明がつきます。
前に投げた球種が次に投げる球種に影響を与えることを『投球履歴』と言いますが、プロ野球の投手より技術が未熟なアマチュアの投手の方がその傾向が強くなります。
また、連続した投球の分析において『1球前の軌道に似ているが、そこからの差異が多いと打者が捉えるのは難しくなる』と言われています。
つまりピンチにより萎縮していたピッチャーが、最初は腕が振れずスライダーのキレが悪かったものの1つ三振を奪ったことにより落ち着き、同じ球種を繰り返すことで投球履歴の効果でどんどんキレが良くなっていくわけです。
打者から見れば、同じ球種なのにどんどん変化が大きくなっていくので捉えにくくなります。
その結果、ピッチャーはさらに気分が乗って腕が振れる→打者が打ちにくくなる→・・・と、この好循環が続くのです。
捕球
キャッチャーの捕球能力(キャッチング)は様々な意味を含みますが、『通常捕球』『バウンド捕球』『フレーミング』に大別できます。
通常捕球
キャッチャーはピッチャーの投げる速いストレートや鋭い変化球をしっかり捕球することが求められます。
当たり前でしょ!
と思う方もいるかもしれませんが、簡単そうで意外と奥が深いんですよ。
キャッチャーはマスクを被っていますので視界が狭く、少しマスクがずれただけでもボールが見えなくことがあります。
さらに打者のスイングでボールはさらに見え辛くなりますので、慣れないうちは目を瞑って捕球しがちになります。
こういった捕球に対する阻害要因をクリアしつつ、しっかりキャッチャーミットの芯で捕球して良い音を鳴らさなくてはいけないのです。
ピッチャーは捕球音が大きく響くほど「今日は球が走っているな」と良い気分になりますが、反対に捕球音が小さいと「球が走ってないなぁ・・・」と悪影響を与えかねませんからね。
バウンド捕球
キャッチャーはバウンドした投球を後逸せず、可能な限り捕球しなくてはいけません。
後逸すれば進塁や得点を許すことになりますし、ピッチャーから信頼が得られなくなってしまいますからね。
ピッチャーがキャッチャーのバウンド捕球を信頼できないと、ピッチャーが十分なパフォーマンスを発揮できないだけでなく、むしろ足を引っ張ることになってしまいます。
フレーミング
フレーミングとは、ボールかストライクか際どいコースをキャッチングによってストライクと判定させる技術のことです。
例えば外角の際どいボールを捕球するとき、ミットが外側に流れてしまうと”ボール”と判定される傾向にあります。それを防ぐために外側から内側に寄せながらキャッチングし、球審にストライクと判定されるようにすることがフレーミングです。
フレーミングはキャッチャーにおける重要なスキルであると認識されており、メジャーリーグでは優れたフレーミングにより年間のチーム失点を10点以上少なくするケースもあるくらいです。
とは言っても、ミットの動かし過ぎには注意が必要です。
一般的に球審はキャッチャーのミットずらしを嫌う傾向にあり、海外でそれはより顕著になります。
国際大会において外国人審判からミットずらしを指摘されることも多く、実際、2017年に行われたWBC(WORLD BASEBALL CLASSIC)では、日本戦の球審を担当した複数の外国人審判から ”日本のキャッチャーがミットを動かしている” と指摘されています。
野手への指示
野手への指示は、投球前にするポジショニングの指示と打球が飛んだ後にする送球塁の指示があります。
ポジショニングの指示は試合展開や互いのチーム力を総合的に分析して判断する必要がありますし、相手チームの作戦を読むための観察力・洞察力も求められます。
打球が飛んだ後の野手に対して送球する塁の指示はじっくり考えている時間的猶予がありませんので、素早い決断力が求められます。
フィールディング
キャッチャーはボールを触る機会が多いポジションですので、高いフィールディング能力も求められます。
送球(スローイング)
キャッチャーは助走をつけて送球する状況が少なく、それゆえ肩の強さが求められます。
加えて素早さと精度の高いコントロールも要求され、総じて高い送球スキルが求められます。
逆に言えば、送球に難があるキャッチャーは相手チームにばれやすいですし、一旦ばれてしまうと積極的に盗塁を狙われてしまうでしょう。
盗塁阻止はピッチャーとキャッチャーの共同作業ですが、キャッチャーの送球スキルが低すぎるとピッチャーだけではとてもフォローできませんからね。
守備
キャッチャーは他のポジションと向いている方向が逆ですので、打球に対する追い方が独特です。
とりわけキャッチャーフライは慣れが必要であり、捕りづらいキャッチャーミットでしっかり捕球するためには安定した姿勢が欠かせません。
そのためにも正確なフライ落下地点を見極める力が必要になります。
判断力・決断力、そして「包容力」を持て!
キャッチャーはいかなる場面でも判断力と決断力が求められます。
判断力とは、ある選択肢の中からセオリーやチーム方針に従って判定を下す能力を指します。
決断力とは、自分の考えを自らの責任において周囲に打ち出す能力を指します。
例えば、ピッチャーに対して投げさせる球種・コースを考えてベスト(だと思われる)結論を出すことが判断であり、ピッチャーに対してサインを出すことが決断です。
試合では常に判断と決断の連続であり、守備の司令塔であるキャッチャーは冷静な判断力と素早い決断力が求められるのです。
キャッチャーはさらに『包容力』も必要です。
ハッキリ言って、これが無いとピッチャーからの信頼は得られません!
記事「【野球】ピッチャー(投手)の役割と必要な能力|三振を奪える「武器」を持て!」で書いたとおり、ピッチャーは唯我独尊・天真爛漫ぐらいでないと務まりませんが、だからといってネガティブな思考が無いわけではありません。
どんなピッチャーでも心の奥底では不安や恐怖、孤独感を抱えており、それらを打ち明けられる唯一の存在がキャッチャーなのです。
実際キャッチャーはピッチング練習・バッテリーアップなど、チーム本隊から離れてピッチャーと行動を共にすることが多く、密な話をしやすい関係ですから。
マウンド上では気丈に振る舞い、周囲から頼られているピッチャーでも
今日の対戦チームは強そう。炎上するかも・・・
あいつ(内野手)はエラーしても謝らないからイラつくんだけど・・・
など、チームメイトの前では絶対言わない不安感や愚痴をこぼしたりするものです。
そのようなとき、ピッチャーの気持ちに寄り添う包容力がキャッチャーには必要です。
その積み重ねが良い関係を生み、互いに信頼できる仲になるからです。
経験者から一言
私は高校1年の夏から大学4年の引退まで、またその後の草野球チームでも主にキャッチャーをやっていましたので、キャリアの大半はキャッチャーとして試合に出場していることになります。
キャッチャーは特殊なポジションゆえ小さい頃からやり続けるパターンが多いのですが、私の場合はちょっと違います。
記事「【野球】ピッチャー(投手)の役割と必要な能力|三振を奪える「武器」を持て!」でも書きましたが、私は中学校ではエースピッチャー、その前はサードを守っていました。
高校入学後はサード、セカンド・ショートと色々ポジションが変わりつつ、内野に嫌気を指した私はセンターを直訴してレギュラーになりました。
しかし高校1年の夏、当時キャッチャーを務めていた1学年上の先輩が怪我で試合に出れなくなり、センターのレギュラーだった私が急遽代役を任されることに。
代役を務めた試合で評価されたのか、それ以後は私はキャッチャーのレギュラーになりました。
このような経緯でキャッチャーになった私ですが、様々なポジション経験があったため守備フォーメーションの指示は難なくこなせましたし、ピッチャー経験もあったことでピッチャー心理も分かっていました。
ピッチャーがチームの勝敗という大きな責任を負いながら、常に不安・恐怖・孤独を感じてマウンドに立っていることを私は経験から知っているので、
キャッチャーだけはピッチャーの味方でいるべき
という信念を最初から持っていましたから。
あとキャッチャーというポジションは常に俯瞰的な思考が大切であり、それこそが「グラウンド上の監督」と言われる所以です。
例えば、「エースが打ち込まれて大差のリードを許し、2番手・3番手ピッチャーが登板する展開の試合」があったとします。
こんなとき、ほとんどの野手は覇気を失ってしまいますがキャッチャーだけは別。ましてやキレたりするのは論外です。
2番手・3番手ピッチャーにとっては数少ない登板機会であり、経験を積んで大きく成長するチャンスなのです。それに力を貸さないキャッチャーなど存在する価値はありません。
また、ピッチャーは目先のアウトを欲しがる傾向がありますが、キャッチャーは試合展開・状況・チーム力などを総合的に勘案したうえで「誰からどうアウトをとるか?」を考える必要があります。
1点を失うことを必要以上に恐れた結果、3点、4点と失点が増えてしまえば試合に勝つことが難しくなりますからね。
これも俯瞰的な思考であり、常に「どうしたらチームのトータル失点を少なくできるか」を考えねばなりません。
キャッチャーは役割が多く責任の重いポジションですが、やりがいがあることは間違いないです。
その一方、『理不尽だ・・・』と感じることも少なくありません。
抑えたらピッチャーの功績、打たれたらキャッチャーの責任・・・なんてことはザラですし、監督やコーチから配球を結果論で批判されることなんて日常茶飯事です。
それでも自分の配球・リードを振り返った上で
監督に自分のリードを批判されたけど、俺の考え方の方が理にかなっていると思うけどな
と腹の中では考えているしたたかさ(処世術?)も必要です。
ピッチャーのように誰かに褒められ・賞賛されることが少ないポジションですが、たとえ他人に評価されなくても自分自身のプレーを俯瞰的・客観的に評価し、それに価値を感じて楽しめる人はキャッチャーに向いていると思いますよ。