送りバントは手堅く点を取る作戦として広く認知されていましたが、セイバーメトリクスはそれを覆したと言われています。
そんな中、
いや、送りバントをした方が確実に点を取りやすい!
という感覚を捨てきれない人も多いのではないでしょうか?
その一方、
セイバーメトリクスで送りバントは否定されている!
と言いつつ、その根拠を理解していない人も多いと感じます。
この記事では、セイバーメトリクスが送りバントに対し”どんなロジックを用い、どのような結論を導いたのか?” を分かりやすく解説します。
また、今だ送りバントの機会が多い高校野球ですが、
- なぜ高校野球では送りバントが多いのか?
- 高校野球でも送りバントはやらない方がいい?
- 実は高校野球独特の合理性があるのでは?
などに焦点を当てて考えてみようと思います。
送りバントは得点期待値を下げる
ここでは、セイバーメトリクスが ”送りバントは点を取るために有効な手段ではない” という結論に至る、1つ目の根拠を説明します。
表1はNPBにおける2014年~2018年のデータをもとに、アウトカウントと走者状況を組み合わせた24種類の状況別得点期待値をまとめたものです。
得点期待値とは・・・
特定のアウトカウント・走者状況から、そのイニングの終わりまでに見込まれる平均的な得点数のこと
表1 得点期待値表
引用元:セイバーメトリクス入門、水曜社
表1から、無死一塁で見込まれる平均的な得点数(得点期待値)は「0.804」、1死満塁では「1.504」であることが分かります。
表1を用いて、送りバントをしたケースを考えてみます。
例えば、無死一塁で送りバントを成功させて1死二塁になったとします。
無死一塁の得点期待値 ⇒ 0.804
1死二塁の得点期待値 ⇒ 0.674
となりますので、得点期待値は下がったことが分かります。
これと同様に、送りバントが想定されるケースをまとめたものが表2になります。
表2 送りバントによる得点期待値変動
引用元:セイバーメトリクス入門、水曜社
これを見ると、全てのケースで ”送りバントをすると得点期待値を下げる” ということが分かります。
これが客観的なデータが示す結果、すなわちセイバーメトリクスが示す結果なのです。
送りバントは得点確率を下げる
次に、セイバーメトリクスが ”送りバントは点を取るために有効な手段ではない” という結論に至る、2つ目の根拠を説明します。
先ほどは ”送りバントによる得点期待値の変動” に注目しましたが、ここでは ”少なくとも1点を奪える確率の変動” に注目して考えてみます。
と言うもの、『1点を取ればサヨナラ勝ち!』といった場面では、得点数の増加よりも ”1点でも奪える確率” を高める方が重要になるからです。
表3はNPBにおける2014年~2018年のデータをもとに、アウトカウントと走者状況を組み合わせた24種類の状況別得点確率をまとめたものです。
得点確率とは・・・
少なくとも1点を取ることができる確率
表3 得点確率表
引用元:セイバーメトリクス入門、水曜社
表3から、無死一塁で見込める得点確率は「40.2%」、1死満塁で見込める得点確率は「64.5%」であることが分かります。
表3を用いて、送りバントをしたケースを考えてみます。
例えば、無死一塁で送りバントを成功させて1死二塁になったとします。無死一塁の得点確率は「40.2%」ですが、1死二塁は「39.4%」となり、得点確率は僅かですが減少します。
これと同様に、送りバントが想定されるケースをまとめたものが表4になります。
表4 送りバントによる得点確率変動
引用元:セイバーメトリクス入門、水曜社
これを見ると、多くのケースで ”送りバントをすると得点確率を下げる” ということが分かります。
得点確率が高まったのは「無死二塁」「無死一二塁」だけでした。
これは、アウトカウントに余裕がある状況でランナーが三塁に進塁することにより、1点を取るための手段(内野ゴロ・犠牲フライ・スクイズなど)が増えるためだと考えられます。
これらをまとめると、セイバーメトリクスは
- 得点期待値の減少
- 得点確率の低下
を根拠に、”送りバントは点を取るために有効な手段ではない” という結論に至っているのです。
送りバントをするべき損益分岐点は打率1割!
ここまで説明した通り、セイバーメトリクスは ”送りバントは多くのケースにおいて点を取るための有効な手段ではい” ことを示しています。
しかし、以下のような疑問が湧きませんか?
- 送りバントをする打者の能力によってどうなんだ?
- どのくらいのスペックの打者なら送りバントをすべきなの?
送りバントをやる打者は総じて打力が低い打者が多く、打力のある打者は送りバントをしませんからね。
実は、この疑問についてもセイバーメトリクスは答えを出してくれるのです!
例えば、2018年の広島・菊池涼介選手の成績をもとに考えてみます。
2018年 広島・菊池涼介選手の打撃成績
試合 | 打席 | 打率 | 本 | 打点 | 犠打 | OPS |
139 | 642 | .233 | 13 | 60 | 30 | .656 |
菊池選手が送りバントをするべきかどうかは、得点期待値を計算することによって答えがでます。
具体的に言えば、強攻(ヒッティング)した場合の得点期待値と送りバントをした場合の得点期待値を比較すればよいのです。
具体的な計算値は記載しませんが、無死一塁における得点期待値はそれぞれ以下のようになります。
強攻した場合 ⇒ 得点期待値 .798
送りバント ⇒ 得点期待値 .639
結果:強攻の方が得点期待値が高まる(+.159)
引用元:セイバーメトリクス入門、水曜社
この結果より、打率.233の菊池選手が無為一塁で打席に入った場合、より得点期待値を高めるには ”強攻の方が良い” という結論が導き出されるのです。
さらにこの考え方を応用すると、どのくらいの打力をもった選手の強攻がバント時の利得と等しくなるかが計算により求められます。
その結果は何と・・・
打率.103
引用元:セイバーメトリクス入門、水曜社
すなわち、これがバントをするしないの損益分岐点となるのです。
NPBで考えると、打率.103より低い打率の選手と言えば ”投手” くらいであり、ほとんどの野手はバントより強攻した方が得点期待値が高まります。
高校野球でも送りバントは無意味?
今だ送りバントが多い高校野球ですが、これもNPBと同じく送りバントは無意味なのでしょうか?
個人的には、”高校野球は送りバントが有効なケースが多くなる” と考えています。
これまで扱ってきたセイバーメトリクスは、NPBのデータがもとになっていますが、これをそのまま高校野球に当てはめるのは、いささか乱暴です。
なぜなら、NPBは限られた野球選手のみがプレーできるリーグであり、比較的選手間のレベル差が小さいのに対し、高校野球は敷居が低い分、選手間のレベル差(正確に言えば、地域や高校によるレベル差)が大きいからです。
高校野球において送りバントが有効なケース
先程、バントをするしないの損益分岐点は打率.103であることを紹介しました。
NPBで打率.103以下の選手はごく僅かですが、高校球児には多くいます。
厳密に言えば、練習試合や公式戦の結果から算出した打率が.103以下の高校球児は少ないでしょう。
しかし、選手間のレベル差が大きい高校野球では歯が立たない投手との対戦は珍しくなく、それまでそこそこの打率を残していた選手でも、好投手の前では打率が0割に近づいてしまうことがあります。
例えば、一回戦で弱いチームと対戦したある選手が4打数3安打の結果を残し、チームは試合に勝ったとします。
二回戦は不運にも優勝候補筆頭の強豪チームに当たり、手も足も出ず4打数4三振・・・
この場合、これまでの結果(=打率)とは関係なく、そのときに見込まれる打率が極端に低くなっているのは明らかです。
これは極端な例ですが、それに近いことはよく起こりますので、NPBに比べて高校野球は送りバントが有効なケースが多くなるのは当然です。
それ以前に、高校野球は打球を遠くに飛ばす選手=得点能力が高い選手が少ないですしね。
高校野球で送りバントが多い理由
高校野球において、打力が低いチームほど送りバントが多くなるのは理解できるけど、それ以外の場合も送りバントは多いのはなぜ?
と思われる方も多いのではないでしょうか?
ここでは、高校野球で送りバントが多い理由について考えみます。
ひとこと
この記事では、NPBから求めたセイバーメトリクスのデータを取り扱っていますが、高校野球のデータから求めた場合と比べて、結果が異なる可能性もあります。
ただ、高校野球全体のデータを取り扱った場合、選手間のレベル差が大きいこともあり、有意義なセイバーメトリクスのデータとなるか難しいところです。
条件を ”甲子園で行われた試合” などにすれば、それなりの信頼性はありそうですが、本記事は高校野球全体(強豪校~弱小校)について論ずるため、NPBから求めたセイバーメトリクスのデータを使用します。
2点、3点ではなく「1点」を取りにいくため
高校野球では負ければ終わりです。次はありません。
それゆえ、1点を積み重ねる攻撃スタイルになる傾向が強くなります。
得点をリードされているチームは守備・攻撃ともに戦略の幅が狭くなりますので、リードしているチームは得点差以上に有利になりますし、負けられないプレッシャーが強い程その傾向は強くなるでしょう。
さらに、得点確率変動(表4)を見れば分かる通り、特に送りバントの可能性が高い「無死一塁」「無死二塁」「無死一二塁」の場合、送りバントによる得点確率はさほど変わりませんしね。
これらを考慮すると、送りバントを多用する監督さんの気持ちも理解できます。
表4 送りバントによる得点確率変動(再掲)
引用元:セイバーメトリクス入門、水曜社
打者の打力を低く見積もっているため
打者の打力が低ければ低いほど、送りバントをすべき打者になることはこれまで説明した通りです。
このことを定量的に説明できなくても、体感的にそう感じている監督さんは多いと思います。
それに加え、選手の打力は相手投手との相対的な力関係によって決まりますので、選手間のレベル差が大きい高校野球では定量的に打力を測ることは困難です。
”どんなチームが相手でも油断せず戦うこと=勝負の鉄則” と考えるなら、相手投手を過大評価することがあっても過小評価することなどありえません。
逆に言えば、それは自軍の打力を過小評価する=自軍の打力を低く見積もることになるのです。
これらを考えると、余程スラッガーが集まったチームでない限り、送りバントを多用することにつながります。
監督の野球観・経験則に従っている
セイバーメトリクスなど考慮せず、単純にサインを出す監督さんの野球観や経験則に従っているケースです。意外とこれが一番多いかもしれませんね。
もちろん ”何が何でも送りバント” と考えず、ある程度は打者の打力を考慮しながら決めていると思いますが。
あと、高校野球の場合は ”負けたら終り” という状況で試合をしますので、出来るだけ悔いの無い試合をやって欲しいという考えをもつ監督さんも多いです。
『点を取るために有効な作戦=送りバント』というイメージが強ければ、悔いの無い試合にするために送りバントを多用することになりますからね。
監督・コーチの保身のため
監督やコーチが ”送りバントは点を取るために有効な手段ではない” と考えていても、OB会・保護者会の方々が”送りバントの方が点を取れる!” と考えている場合、保身のために送りバントを多用する可能性はあります。
強い高校、とりわけ歴史のある高校ほどOB会・保護者会が強い力を持っています。
なぜ負けたんだ!何をやっているんだ!監督は責任を取って辞めろ!
なんてことになりかねませんからね。
監督やコーチだって人の子です。周囲の批判を恐れて信念を曲げることもあるでしょう。
セイバーメトリクスの最大の功績は「定量的」に説明できること
セイバーメトリクスは、これまで手堅く点を取る作戦として広く認知されていた送りバントに対し、有効な手段ではないことを示しました。
しかし、”送りバントは期待値が低く無意味である” という結論を押し付けているわけではありません。
セイバーメトリクスの最大の功績は、これまで定性的に説明されてきたものを定量的に説明できるようになったことです。
これにより、今まで以上にミクロ的な視点との親和性が高まったと言えます。
- 例えば、同点で迎えた9回裏の攻撃で無死一塁の場面
1点を取ればサヨナラ勝ちですので、得点期待値を最大にするより得点確率を上げたい場面であり、送りバントを選択した場合の得点確率は「40.2%」から「39.4%」になります。
しかし、
- 相手投手=鉄壁のクローザー
- 打者の調子が悪い
などのミクロ的なデータを考慮し、
平均的なケースでも得点確率が0.8%しか下がらず、加えて打者が不利な状況を考慮すれば、送りバントの方が合理的
といった判断がし易くなります。
- 一方、同点で迎えた9回裏の攻撃、1死一二塁の場面
この状況で送りバントを選択した場合、得点確率は「41.0%」から「27.1%」と13.9%も落ち込みます。
こうなると、
ミクロ的なデータ(打者が不利)を考慮しても、得点確率の落ち込みが大きいのでヒッティングの方が合理的
といった判断がし易くなります。
セイバーメトリクスは、これまでの経験を否定する結論を導き出すこともあるため、賛否両論を招くこともあります。
しかし、セイバーメトリクスが何を根拠にどんな結論に至ったのかを理解できれば、
- 送りバントなどナンセンスだ!
- セイバーメトリクスなんて卓上の空論だろ!
等の極端な思考に陥らずに済みますし、これまでよりセイバーメトリクスが導く結論を有意義に扱えるはすです。