「PITCHf/x」とは、球場に設置されたカメラで選手やボールを追尾(トラッキング)し、投球の変化量や打球の角度など、様々なデータを半自動的に取得するシステムのことです。
PITCHf/xはこれまでより詳細なデータを取得しますので、チームや選手のパフォーマンス向上に役立ちます。
実際、メジャーリーグでは選手育成やトレード、FA、契約交渉などに使われており、選手の能力をより定量的に判断するツールになっているのです。
この記事では「PITCHf/x」がどんなデータを取得し、投手・打者・捕手の何が分かるかをご紹介します。
また、PITCHf/xで取得するデータをトラッキングデータと言いますが、トラッキングデータの活用法など考えてみたいと思います。
もしかすると近い将来、トラッキングデータを用いて投手の肩や肘の怪我を防止することができるかもしれません。
PITCHf/xシステムの概要
PITCHf/xシステムはSportvision Inc,(米国)が開発し、2005年のワールドシリーズ(MLB)で初めて実用化し、2008年からMLB全球団の30球場に設置・運用がスタートしました。
PITCHf/xシステムは投手-捕手間のデータを収集する『PITCHf/x』と、その技術を応用した『HITf/x』『COMMANDf/x』があります。
それぞれについて、もう少し詳しく説明します。
投手のデータを収集する「PITCHf/x」
「PITCHf/x」は投手に関するデータを収集します。
収集するデータは「座標」「速度」「回転・変化量」に分けることができ、投手の投げる変化球の曲がり具合や直球のキレなど、これまで定性的にしか表現できなかったものを定量的に評価できます。
さらに投球の回転量など、今まで収集できなかったデータも収集可能になっています。
< 座標 >
リリースポイント、投球座標、ストライクゾーン
< 速度 >
投球の初速、投球の終速、投球の加速度
< 回転・変化量 >
投球の変化量、投球の回転角度、投球の回転量
打者のデータを収集する「HITf/x」
「HITf/x」は打者(打球)に関するデータを収集します。
収集するデータは「座標」「速度・角度」に分けることができ、打者がどんなボールを打ち、どこにどこまで飛ばしたかを定量的に評価できます。
< 座標 >
ミートポイント
< 速度・角度 >
打球の初速、打球の上下角度、打球の左右角度
捕手のキャッチングデータを収集する「COMMANDf/x」
「COMMANDf/x」は捕手のキャッチングデータを収集します。
捕手のキャッチングにより際どいコースをストライクと判定させる技術のことをフレーミングといいますが、このフレーミングの実態を暴いたのがCOMMANDf/xなのです。
実際、MLBでは優れたフレーミングにより年間失点を10点以上少なくなるケースもあり、肩やリードと並んで捕手の守備力を測る指標として注目度が高くなっています。
< 座標 >
捕球位置
PITCHf/xでわかる投手能力
PITCHf/xが細かな投球データを収集できることは先程説明した通りですが、ここではもう少し細かく解説します。
ボールの伸び
PITCHf/xのデータから投球の変化量が分かりますので、
- ボールの伸び
- 変化球の曲がり具合
といった球種の質をより具体的に表現できます。
例えば、
- A投手のストレートは打者にとって5cm浮き上がって見える
- B投手のスライダーは横に15cm曲がり、10cm落ちる
など、具体的な数値で表現できるのです。
ちなみに ”ストレートが浮き上がる” と書きましたが、実際にボールが浮き上がるわけではありません。
投球が重力のみの影響を受けたときを0として考え、それに対してボールの落ちにくさを表現しているのです。
バックスピンがかかったボールは揚力(上向きの力)が発生して、それが重力に逆らう力になります。すなわち、回転数の多いボールほどボールが落ちにくく、打者は ”伸びている” と感じるのです。
同じスピードのストレートを投げる投手でもボールの伸び方が違うのは、ボールの回転数に違いがあるからであり、PITCHf/xを用いるとそれが具体的な数値で表現できるのです。
シュート回転するボール
ちなみにストレートは縦変化だけでなく、実際は横にも変化しています。
よくプロ野球の解説者が、
あの投手はシュート回転するから打たれるんですよね~
と嘆いたりしますが、実はほとんど(約99%)の投手はシュート回転するストレートを投げるとPITCHf/xは暴いています。
綺麗なストレートを投げると言われる投手でも、実際は微妙にシュート回転がかかった ”変化するストレート" を投げているのです。
PITCHf/xの活用法と将来への期待
PITCHf/xで取得するデータ(トラッキングデータ)を用いれば、今後さらなる活用法が期待されます。
投手のスタミナ評価
現状では投手のスタミナを定量的に評価すべき術はありません。
ですので、『球速が落ちた』『変化球の制球が甘くなっている』『ボール球が増えた(コントロールを乱した)』など、経験的、あるいは総合的な判断でスタミナ切れを察知するしかないのです。
しかし、PITCHf/xを用いれば『投球の回転数が〇〇%落ちている』『変化球の変化量が〇〇%少なくなっている』『ストレートがスライダー回転している』といった、細かな数値で投手の変化を知ることができます。
このような数値変化と打者に対する成績の相関をとれば、適切な投手交代時期(スタミナ切れ)が判断できるかもしれません。
投手の怪我防止
ある投手がいつも140km/h台のストレートを投げているのに、急に120km/h台になってしまったら肩や肘の怪我を疑います。
しかし、球速の低下が見られたときには既に故障をしていることも多く、投手の怪我察知としては遅いのが現状です。
高校野球でも投球制限(球数制限)やタイブレークが検討・導入されたり、投手の怪我防止は大きな課題となっています。
PITCHf/xを用いれば、『投球の回転数が〇〇%落ちている』『変化球の変化量が〇〇%少なくなっている』という、僅かな変化を知ることができますので、これまでより早く投手の異常に気付けるかもしれません。
さらに、これは試合だけでなく練習にも使えます。
高校球児は多少痛いところがあっても監督やコーチに訴えず、普段通りに振る舞いがちです。なかなか監督・コーチに物申せる選手は少ないですからね。
たとえ監督・コーチが
異常を感じたら、すぐに報告するんだぞ!
と言っていても、そう簡単に言えない雰囲気があったりしますし。
それに選手自身、普段よくある肩の張りなのか異常が発生している肩の張りなのかの判断が難しい場合もあります。
ちなみに、私は肩を壊した選手を数多く知っていますが、
普段よくある肩の張りだと思ったが、なかなか治らないから異常だと気付いた・・・
というパターンが多いんですよね(実は私もその一人です)。
これらを防ぐためには異常の早期発見が重要であり、日々の練習でPITCHf/xが示す投球データをチェックできるようになれば、本人すら気付いていない怪我や故障に気付くことができるかもしれません。
そうなれば、怪我の完治または軽度の怪我で済む可能性が高まるはずです。
まとめ
現状、PITCHf/xは大掛かりなシステムですので、今すぐアマチュア野球に導入されることはないでしょう。
しかし近い将来、システムの発達でスマホやタブレット等で気軽にPITCHf/xが導入できるようになれば、アマチュア野球だけでなく草野球でさえ使えるようになるかもしれません。
そうやって普及が進めば、これまでの常識を覆すような新たな知見が生まれるかもしれませんし、野球界にとって必ず役に立つツールになると思いますよ。