『田澤ルール』が撤廃された2020年プロ野球ドラフト会議ですが、注目された田澤純一投手の指名はありませんでした。
この結果に影響したかどうかは定かではありませんが、田澤投手がドラフト前にインタビューで答えた
まだこんなことやってんの(笑)
という日本野球を見下したコメントが批判を呼びました。
個人的に気になったのは、田澤投手が語った『日本が変わっておらずアメリカ(メジャー)が大きく変わっていること』として
- メジャーでは2番打者に強打者を置く
- 日本は今だに「球速」を気にするが、メジャーでは「回転数」を気にする
という部分です。
田澤投手はさも当然のように語っていますが、そのコメント内容から『本当に根拠を理解してる?』と言わざるを得ないんですよね。
この記事では、これらの根拠を解説しつつ田澤投手の発言を検証してみたいと思います。
「2番打者に強打者を置く」は本当?根拠と真実の話
昔から理想的な打順論はいくつかあり、
- 日本では4番最強説
- メジャーでは3番最強説 or 2番最強説
など、野球ファンならよく聞く話ですよね。
ちなみに、田澤投手は以下のように語っています。
データだけでなく、例えばオープナー(本来リリーフの投手が先発して1~2イニングだけ投げる起用法)や2番に強打者を置く打順もそうですよね。世界トップのメジャーリーグが一番、新しい挑戦を続けている。僕は、日本野球にもメジャーに負けない素晴らしい部分がいっぱいあると思うんです。だからこそ、例えばメジャーのまねじゃなくて、日本が率先して新しいことに取り組んでもいいはずなんです。
強打者を置くべき打順の結論
強打者をどの打順にすべきか?
実は、この議論の結論は既に出ています。
それは、
- 1番~5番に強打者を置くこと
- 6番以降は打力順
です。
ちょっと拍子抜けした方もいるかもしれませんが、これがセイバーメトリクスをはじめとする統計学やシミュレーションから出された結論なのです。
次にこの結論に至る根拠を説明します。
理想的な打順の考え方①「加重出塁率」
理想的な打順とは、『試合に勝つ=攻撃時になるべく多くの得点を挙げる』ことができる打順であり、そのためには得点を最大化できる打順を考える必要があります。
得点を最大化するためには『得点創出能力に優れた打者から順番に並べる』という考え方が基本となります。
なぜなら、1番に近い打順ほど多くの打席が回ってきますので、加重出塁率(wOBA)が高い順番に並べておけば得点の見込みが最大化されるはずだからです。
加重出塁率(wOBA)とは?
1打席あたりにどれだけチームの得点増加に貢献したかを表すセイバーメトリクス指標のこと。
加重出塁率(wOBA)の値が高いほど『打席あたりで生み出している得点が多い』となり、
- 平均的な打者のwOBA ⇒ .330
- リーグを代表する打者のwOBA ⇒ .400以上
となる。
統計的な話をすると、プロ野球のレギュラーシーズンの場合、打順がひとつ下がることで年間打席数が約15打席少なくなります。
例えば、年間650打席回ってくる1番打者を2番に下げれば635打席に減ってしまいます。
仮に加重出塁率(wOBA)が.400前後の1番打者を2番に下げて1年間起用した場合、年間得点の見込みは約1点ほど減少します。
逆に言えば、『打順を下げたからと言って年間に減少する得点は微小である』とも言えるんですけどね。
理想的な打順の考え方②「シミュレーション」
有効な打順の組み方を検証するために、9人のプロファイルを設定した上で、乱数によるシミュレーションを行う研究が数多くされています。
9人による打順の組み合わせは
9!=362,880通り
ですので、これらを総当り的に試してみてチーム得点が多くなる打順を探ります。
このような分析では、一般的に以下のような示唆を得ることが多いです。
- 基本的に打力の高い打者から上位に並べるべきである
- ただしチームの最強打者は2番におくべきである
- 打順の違いによる年間の得点数の変化は微小である
この結果から、2番打者がクローズアップされ『強打者は2番に置く』『2番最強説』が囁かれるようになります。
しかし、打順の違いによる年間の得点数の変化は微小であることを無視するわけにはいけません。
加重出塁率(wOBA)でも説明しましたが、定量的には打順を下げることによる得点の減少はあるものの、その差は非常に小さく、それはシミュレーションでも同じ結果になっています。
理想的な打順の考え方③「トム・タンゴによる研究」
トム・タンゴ氏はセイバーメトリクス研究家であり、この記事で触れている加重出塁率(wOBA)も彼が開発したものです。
トム・タンゴ氏は打順別に得点期待値を計算する方法で、上記シミュレーション結果を理詰めで解析しました。
その中でも、
- 1番打者の本塁打はランナーが少ない場面が多いため価値が低くなる傾向にある
- 3番打者の優先度は2番打者に劣る(3番打者は2アウトで打順が回ってくることが多いため、優れた打者の能力を活かしにくい打順である)
など面白い分析もあるのですが、結論としては以下のようになります。
- 1番、2番、4番に強打者を置く(第1グループ)
- 3番、5番に良い打者を置く(第2グループ)
- 6番以降は打力順(第3グループ)
ここでは詳細な計算を省きますが、得点期待値という観点で考えると、優れた打者は3番より2番に置く方がより有効であるという結果となります。
そうなると『2番最強説』の正当性が高まったと思うかもしれませんが、マクロ的には打順の違いによる年間の得点数の変化は微小であることには変わりが無く、定量的な評価を覆すものではありません。
これらをまとめると、トム・タンゴ氏の研究結果は、
- 1番~5番に強打者を置くこと
- 6番以降は打力順
となり、特に意外な分析結果とはならなかったのです。
結論
結局、セイバーメトリクスをはじめとする統計学やシミュレーションから出された結論は『強打者を上位に固めろ』というシンプルなものでした。
この結果から見れば、従来から採用されている打順の考え方が間違っているわけではなく、まして日本とメジャーを区別するような議論はナンセンスです。
つまり、田澤投手の言う『メジャーは強打者を2番打者に置く』ことはメジャーの先進性とは全く関係がなく、2番・3番・4番のどれを重視しても同じような結果になるのです。
この打順論を『2番打者より6番打者の方が打力があるのはナンセンス』というなら理解できますが、『2番最強説』を振りかざすだけなら論理的ではなく根拠に乏しいコメントだと言わざるを得ません。
「球速より回転数」は本当?根拠と真実の話
まずは田澤投手のコメントから。
だって、マイナーの投手たちが今、何を話しているかといったら、『回転数』ですよ。日本では今もまだ、『球速』の話をするじゃないですか。選手だけでなくチームもそう。いくら球速が出ても回転数が一定の基準に達していなかったらメジャーに昇格できないこともあります。
確かに、投手にとってボールの回転数は重要なパラメーターなのですが、田澤投手のコメントから
なぜ回転数が重要なのか?
を理解していないと思われます。
なぜなら、回転数の絶対値に意味があるわけではなく、球速に対する回転数に意味があるからです。
球速と回転数の関係
図1 球速と回転数の関係
球速と回転数は、図1のような比例関係があります。
つまり球速が上がれば、それに比例して回転数も多くなります。これは逆も真なりであり、回転数が多くなれば球速も上がります。
この理屈は簡単で、球速が速い投手ほど腕の振りによる遠心力が大きく、指先でボールを抑えようとする力も大きくなるので、その結果、ボールにかかるスピン量が多くなるからです。
打ちやすいボールとは?
球速と回転数は比例関係にありますが、打者も経験的にそれを知っています。
つまり回転数が増えたとしても球速がそれに比例して増えてしまえば『平凡なボール』であり、打者にとって予測しやすい打ちやすいボールになるのです。
簡単に言えば、図1の直線上にあるボールことですね。
これが、『回転数の絶対値に意味があるわけではない』という理由です。
打ちにくいボールとは?
図2 打ちにくいボールの球速と回転数の関係
打ちにくいボールとは打者が予測しづらいボールのことであり、図2のように直線から離れた質を持つボールのことです。
同じ球速でもボールの回転数が多ければ多いほど打者はホップするように感じますので、図2のA投手よりB投手、B投手よりC投手の方が打ちにくいボールとなるのです。
これは逆のことも言え、球速に対してボールの回転数が少なければ少ないほど打者は落ちるボールに感じますので、図2のD投手よりE投手、E投手よりF投手の方が打ちにくいボールとなります。
結論
ボールの回転数は球速と絡めて論じるからこそ意味があり、回転数の絶対値のみを見ても意味がありません。
このことから、田澤投手の言う
”日本は今だに「球速」を気にするが、メジャーでは「回転数」を気にする”
という表現は適切ではなく、本当に根拠を知っているのか疑わしいと言わざるを得ません。
まとめ
冒頭にも書きましたが、田澤投手のコメントがドラフト結果に影響したかどうかは定かではありませんし、個人的にはそれについてどうこう言うつもりもありません。
それにインタビューに対するコメントに過ぎないので、あえて深く説明しなかっただけかもしれませんし、説明したのに省かれただけかもしれません。
ただ、彼がメジャーで経験したことを肯定しているだけでは、彼の価値が上がらないんじゃないかと思うんですよね。
なぜなら、テレビで ”俺らの時代はもっとすごかった” とか言う人達と何ら変わらないからです。
ましてや、
まだこんなことやってんの(笑)
と言っているようでは、年齢に関わらず『老害』扱いされるのでは?と心配になります。
本質を理解した上で、メジャーでの貴重な経験を日本野球にどう伝えるか?
そのような視点に立てば、日本国内における田澤投手の価値はまだまだ上がるはずですし、彼が活躍できる場所はまだまだあると信じています。